残り香によせて
 


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日頃まとうは ラベンダーとグリーンムスクの香り。
傍へ寄って初めて“あれ?”と気づく程度の 柔らかで上質な甘さと、
そのあと届く意味深な蠱惑の香りが、まるで彼の謎めいた人性を示すよう。
子供時代は愛くるしい美少年、但し陰りがあってそこもまたイイと称されていた傾城の君が、
健やかに かつ外れはしなかった最良の成長を遂げて今に至るという、
どこの太っ腹な女神に惚れられているのやら、
たいそう恵まれた過程を経た風貌をしておいでな御仁であり。
雄々しい益荒男風では決してない、むしろ文学青年風、
冴えた理知を帯びていつつも ソフトな面差しは甘やかで。
清かな頼もしさと ちょっとばかり踏み込みたくなるよな魅惑とをたたえた、
若者らしい清廉な精悍さをまとう身にいかにも相応しい、
不思議な美丈夫を印象付けるに十分なフレグランスを愛用してなさる。
だというに、本人曰く 特に意識はしてないようで、
探偵として動く身、妙に印象に残らないよう、ありふれたものを選んだんだけどねぇなんて、
くつくつ笑って教えてくれたのはいつだったかなぁ…。



ハチャメチャだった夏の続きのようだった、やはり落ち着きのなかった秋は、
その終焉になって何を思い出したのか、それともそれもまたペェス配分ということか、
ちょっと冷え込んだはずが またぞろ気温を上げてのこと、
大仰な外套や寝支度だと汗ばむだろう 中途半端な小春日和を齎しており。
ツィードや裏起毛のそれだと荷物になるからと、
上着はまだ秋物なまま、その裾をひらりとひるがえしつつ、
色づき始めた街路樹の下をのんびりと歩む 虎の少年で。
今日は結局のところ、
昨日決着した依頼への事後処理と、新しい依頼への下調べ程度しか業務もなく。
調査員は全員が定時に終業と相成って、
早めの黄昏の予兆を滲ませた街へ 三々五々に別れ、各々が帰途に就いたばかり。

 「あ。」
 「…。」

鏡花ちゃんは女性陣らとともに今話題の大恋愛映画を観に行くとかで。
そのまま春野女史のところでパジャマパーティーになだれ込むと言っていたため、
では夕食はコンビニのお惣菜かほか弁でやっつけようかと敦が駅前まで寄り道していたところ。
潜伏任務かそれとも非番か、ごくごくありふれた型の外套にパンツという若向けスタイルでまとめた、
ポートマフィアの遊撃隊隊長、芥川龍之介が通りかかったのと視線が合った。

 「今、帰りか?」
 「うん。」

鏡花の姿がないことと、
コンビニ前で立ち止まって店内へ目をやってた態度からあっさり察したのだろう、

 「夕餉は出来合いか?」
 「まぁね。」

衿元を埋めるスヌードはまだ早く、
とはいえ、その異能の性質上、布は常に多めを意識している彼だからか、
薄手のストールを巻いた中へ細い顎を埋めている。
口数少なで。しかもこの言いよう。
両手は衣嚢に突っ込んだままの やや不遜に見えなくもない態度と来て、
見ようによっちゃあ 胡乱な相手に通せんぼされているかのような向かい合いようだったが、

 「…あ、太宰さんも帰ったはずだけど。」

見つからないの? つか、いつもは太宰さんの方から迎えに行くんだよねぇ?と、
彼らの方の事情というか段取りも知っている間柄。
ゆえに あれれ?と臆しもしないまま小首をかしげる虎の子へ、
その口許へブルゾンの襟に弾かれた髪の端がかかったの、手を伸べて払ってやりながら、

 「今日は特別な日、好きに過ごされているのだろう。」
 「…そうなんだ。」

ちょっぴり伏し目がちになったが、不服そうではないと判る。
むしろ、彼もまた何かを忍んでいるような風情を見せたが、
とはいえ、表面上は冷徹な堅い貌のまま。
緊急時の罵声を放つときを例外に、
表情筋の使い方をどこかへ置いて来たかのような男だというに、
そおと溜息をつくかつかぬか、
微かな違いだろうそんな機微が判るのが、ふとくすぐったくなった敦くん。

 「こ」
 「、」

お互いに何か言いかかり、はっと目が合ってからやはり同時に苦笑する。

 「これから何か用でもあるの?」
 「いや。」
 「じゃあ、どっかで一緒に食べないか?」

それか、ボクんチに来るか?何か作る。
どうせ茶漬けなのだろう?
あ、言ったな、
こないだ谷崎さんから親子丼教わったし、ナポリタンも作れるぞ?

あまり親しくはない級の互いの身内、同じ社の人間が見たらば
ちょっと怪訝そうな、理解不能といった顔になったかも知れない、
いやに親し気なやり取りを交わしてから、

 「…そうさな。あの寮へ向かうというのも帰りが遠回り。
  貴様の方が僕に付き合え。」

やや伏し目がちになって何かしら思ったという間合いののち、
そのような進言をして来た芥川であり。
おやと玻璃玉のような双眸を見開いた虎くんだったのへ、

 「奢ってやる、なら異存はなかろ。」
 「む…。」

笠に着たような言い回しだが、口調はちょっぴり柔らかに掠れた優しいもの。
こちらを見やる眼差しにも険はなく、
ついて来いというより ついて来てくれまいかという気配が感じられ、

 「…うん。ご馳走様。」

くふふと微笑った敦くん、
言外にあった何かを拾ったよと和んだお顔で応じたのだった。




to be continued.(18.11.08.〜)





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 *短くてすいません。
  ウチの新双黒は相変わらず仲良しです。
  なのでうっかり、言い過ぎて羅生門でザクザクされると、
  ああしまったと本来の関係を思い出す、うっかり敦くんという順番かも。(おいおい)

  それで思い出したんですが、
  (ちょっと脱線話ですので お読みにならなくても大丈夫です)
  敦くんが躊躇なく殺戮する禍狗さんなのを
  “この芝刈り機”と忌々しく腐すのへ、
  貴様こそ、あの貨物船で何人死んだと思っているとかどうとか
  芥川さんが言い返す下りがあるお話を読んだのですよ。
  言わずもがな、あの、コンテナ船を舞台に船上バトルになった折のこと。

  でも…恐らく他の乗員はいなかったんじゃなかろうか。

  今時、ああまでデカく、しかも航行中の管理が要る生きものを乗っけてない船だと、
  自動航行、若しくは遠隔航行システムを使うので、
  不慮の事態用に一人、その人の世話のための交代要員に数名で十分で。
  デカい船であればあるほど、乗員のための乗員を乗っけるという順番ならしい。
  (うちの父も若いころ貨物船に乗ってて南洋航路で寝起きしてましたので。)
  公海上で取引して自分は小型ボートで帰還するつもりだったんなら尚のこと、
  他の乗員は不要だったはずですが。
  現に、ああまで爆発してたのに
  避難しなくちゃと甲板へ出て来る乗務員の姿はなかったですしね。